メルボルン(Melbourne)は、オーストラリア大陸の南東に位置し、大陸では最南に位置するビクトリア州の州都である。ポート・フィリップ湾の北、ヤラ川河口に位置するメルボルンは、1830年代にタスマニア入植者による捕鯨船の寄港地としてその歴史が始まり、1850年代のゴールドラッシュを経て、商業及び工業の都市に発展した。メルボルンの人口は、356万人(2003年)で、シドニーに次ぐオーストラリア第二の都市である。1902年にオーストラリア連邦が誕生すると、メルボルンはオーストラリア首都特別地域のキャンベラができるまでの25年間、オーストラリア連邦の首都であった。メルボルンの街並みには、碁盤の目になっており、ビクトリア様式の建物が並ぶ最も英国の雰囲気が残る都市である。メルボルンは、多くのオーストラリアの大企業や多国籍企業の本社や本店がある。オーストラリアの自動車工業の中心地であるほか、機械工業、食品加工業が盛んである。メルボルン市内は、路面電車のトラムが走り、この街には世界中から移民が集まる移民都市としても知られており、人口のうち約4分の1を占めるのは世界170ヶ国から移住して来た移民である。中華街(リトル・バーク・ストリート)、グリーク街、イタリアン街(ライゴン・ストリート)やベトナム街(リッチモンド)など様々なレストラン街があり、中華料理、ギリシャ料理、イタリア料理、ベトナム料理、英国料理、フランス料理、そしてこれらをミックスした「新オーストラリア料理」などの料理まで楽しめる「食の都」でもある。メルボルン市内の中心地を無料で運航するシテイサークル・トラムは、10分おきに運航しており、一周に要する時間は約1時間である。レトロなトラムカー・レストランも運行されている。また、メルボルンは、「ガーデン・シティ」と呼ばれ、街の4分の1を公園が占めており、その数は約450以上である。
メルボルンは、1956年に南半球で初めてのオリンピックが開催され、スポーツ行事に多くの観客が集る都市として知られる。1972年から毎年1月にテニスの全豪オープン大会が開催され、1996年からはF1オーストラリア・グランプリがサウスメルボルンのアルバートパーク内のサーキットで毎年開催される。「メルボルンカップ」は、1861年以来、毎年11月の第1火曜日の午後14:40にフレミントン競馬場でスタートする世界でも有名な競馬レースの一つである。「メルボルン・カップ」のレース(競馬)の時間帯は、国の機能が一時停止するとも言われるほどの国民的大イベントである。メルボルンは、オーストラリアン・フットボールの発祥の地である。現在、16チームが3月から8月にリーグ戦、9月に上位8チームによる決勝トーナメント戦を行なう。グランドファイナル(決勝戦)はメルボルン・クリケットグラウンドで行なわれ、最大観客数約10万人を収容できる。
メルボルン周辺には観光スポットも多く、グレートオーシャンロード(Great Ocean Road)、ヤラバレー(Yarra Valley)、バララット(Ballarat)、フィリップ島(Phillip Island)などが有名である。奇岩が続く絶景ルートのグレートオーシャンロードは、玄関口のトーキーからアポロベイ、ポートキャンベル、ウォーナンブールまでの214 kmである。奇岩には「12人の使徒」や「ロンドン・ブリッジ」などの名前が付けられている。ワインの里、ヤラバレーには30数ヶ所のワイナリ−が点在する。ゴールドラッシュの時代を体験できるバララット、ここのレッド・ヒル・ガリーでは、砂金掘りを体験できる。野生動物が集まるリゾートアイランドのフィリップ島ではペンギンパレードが有名である。コアラ保護区では野生のコアラ、シールロックスには5,000頭以上のアザラシが生息している。
メルボルン出身の有名なアーテストには、カイリー・ミノーグ、ホリー・ヴァランス、ナタリー・インブルーリア、パトリシア・ピッチニーニなどがいる。
メルボルンとメルボルン周辺の地図と航空写真は、「メルボルン 地図 航空写真」で閲覧できます。メルボルンの玄関口は、「オーストラリア メルボルン国際空港」(通称タラマリン国際空港)です。