ホバート(Hobart)は、タスマニア州南東のダーウェント川の河口に位置し、ダーウェント川西岸のサリバン湾に面するタスマニア州の州都である。ホバートは、ダーウェント川の川岸からウェリントン山(標高1,270 m)の丘陵まで広がっている。グレーター・ホバート地域の人口は、245,000人 (2005年国勢調査)、ホバート市ローカル政府地域の人口は47,319人 (2001年国勢調査) である。ホバートは、オーストラリアではシドニーに次いで第2番目に古い都市であり、第12番目に大きい都市である。
1641年にオランダ人探検家のアベル・タスマンがタスマニア島を発見したがオランダはこの島に興味を持たなかった。イギリスは、フランスがタスマニアを植民地にすることを危惧し、1803年にダーウェント川東岸のリズドン湾に流刑因入植地を建設し、翌年の1804年にこの流刑地をサリバン湾に移転し、タスマニアを流刑植民地にした。シドニーを流刑植民地にした16年後である。ホバートのバッテリー・ポイント周辺には当時の雰囲気を偲ばせるビクトリア朝の建物が並んでおり、捕鯨が盛んであったのでサラマンカ・プレイス波止場には当時の石造りの倉庫が多く残っている。
ホバートの観光スポットは、オーストラリア最古のロイヤル劇場、タスマニアが監獄島であったことを知ることができる囚人礼拝堂・判事裁判所、タスマニア博物館・美術館、王立植物園などがあり、ショッピングや食事などには、捕鯨全盛時代の倉庫を改造したサマランカ・プレイスが人気のスポットである。レスト・ポイント・フェデラルホテルには、1973年にオーストラリアで初めて認可されたカジノがある。
ホバート近郊の観光地としては、1825年に建設された流刑因監獄地の一部がまだ残っているポート・アーサーがあり、当時は、イギリスからの流刑因が植民地で更に犯罪を犯すと収監された「監獄の中の監獄」であった。流刑因が1823年頃に建設した石造りの橋のリッチモンド・ブリッジはオーストラリアで最も古い。他にりんごの産地として有名なヒュ−オン・バレー、タスマニアで最古の国立公園マウント・フィールド国立公園、タスマニアン・デビル公園などがある。
世界でも有名なシドニー・ホバート・ヨットレースは、クリスマスの翌日にシドニーを出航し、レースに参加したヨットは大晦日頃にホバートに到着する。
ホバート出身のメリー・エリザベス・ドナルドソンは、2000年のシドニーオリンピックが開催中、フラットメイト4人でヨーロッパからのオリンピック参加者とシドニーのパブ(Slip Inn)で合コン、合コン相手の一人がデンマークのフレデリック皇太子とは知らないまま会ったが、2003年10月に婚約、2004年5年にコペーハーゲンのコペーハーゲン教会で結婚し、皇太子妃になった。
ホバートとホバート周辺の地図と航空写真は、「ホバート 地図 航空写真」で閲覧できます。ホバートの玄関口は、「オーストラリア ホバート空港」です。