アデレード (Adelaide) は、オーストラリアの南オーストラリア州の州都である。オーストラリア大陸南部の南オーストラリア州のフルリオ半島の北、南極海に通じているセント・ビンセント湾とマウント・ロフテイ丘陵地の間の平地に位置する都市である。アデレードの人口は、1,1,124,315 人(2004年時点)で、オーストラリア各州の州都の中では5番目の大きさである。アデレード市内は、トレンズ川によって南北に分けられ、北側はノース・アデレードと呼ばれ、南側はシティーとなっている。アデレードは、緑あふれる公園に囲まれた英国風の端正な街であり、オーストラリアの文化と芸術の都として知られている。アデレードという地名は、19世紀のイギリス国王ウィリアム4世の王妃アデレードに由来する。ドイツ語では、「アデレード」という名前は「貴婦人」を意味する。
南オーストラリア州は、1836年12月28日に正式にイギリスの植民地となり、南オーストラリア州政府最初の測量局長官のウィリアム・ライト大佐は、アデレ−ドの都市計画に基づいて都市設計を行い、ヴィクトリア広場を中心に碁盤の目のように整然としている街を建設した。アデレードは、イギリスから新天地を求めてやって来た自由移民のために植民地の中心として建設されたこともあり、流刑者植民地の都市としての歴史を持つシドニーやホバートなどとは異なる。アデレードは、初期の頃から多くの国の移民を受け入れ、特にドイツ系の移民が宗教的な迫害から逃れて移住した。第二次世界大戦後は、イタリア人、ギリシア人、オランダ人、ポーランド人、そしてベトナム戦争後は、アジアからの移民が増え、アデレードの民族構成は多様化している。
アデレードは、「フェスティバルの街」として国内外で認知されており、偶数年の3月に開催される芸術祭「アデレード・フェスティバル」と奇数年に開催されるワイン祭り「ビンテージ・フェスティバル」が有名である。アデレードでは、年間を通じて様々なイベントが開催され、バロッサ音楽祭、アデレード芸術祭、アデレード映画祭、アデレード・フリンジ・フェスティバルなどがある。音楽・芸術・ダンスの世界祭のWomadelaide「WOMAD(World of Music Arts & Dance)とアデレード(Adelaide)の合成語」が年1回、植物公園で開催される。
アデレードは、「教会の街」としても知られる。これは現在よりも過去の状態を反映した言い方のようである。噂によると、アデレードに建設された全ての教会の近くにあまり信心深くない人達のためにパブも建てられたとのこと。
アデレ−ドには、700軒を超えるレストランがあり、1人あたりのレストラン数がオ−ストラリアの都市の中で最も多い。南オ−ストラリア州の近海で捕れた新鮮な魚介類を使った海鮮料理(シーフード)と牧場で育てた牛や羊は勿論のこと大自然を走るカンガル−、エミュ−、クロコダイル(ワニ)などの珍しい肉も安く味わえる。アデレードの近くにワインの名産地があり、自由移民による世界各国の料理とワインが楽しめる。アデレードはグルメ天国でもある。
アデレードを拠点とする観光名所が豊富にある。ワインの里として有名なバロッサ・バレーは、オーストラリア最大のワイン産地である。1842年、ドイツからこの地へ移住してきたドイツの移民によって開拓された歴史がある。丘陵地帯に延々とブドウ畑が続き、50を超えるワイナリーが点在する。アデレード・ヒルズは、アデレードからの日帰り観光地として人気がある。 ハーンドルフは、アデレード・ヒルズで最も人気のある観光地である。1830年代、宗教の自由を求めてやってきたドイツ系移民によって建設された町である。メイン・ストリートにはドイツ風の街並みを利用した土産物店、カフェ、レストラン、ホテルが並ぶ。点在する町や渓谷、湖や果樹園といった変化に富んだ景観を楽しめる。ハーンドルフとはドイツ語で「ハーンの町」という意味。カンガルー島は、オーストラリアで第3番目に大きな島で野生動物の宝庫として有名であり、島の3分の1は自然保護区になっている。野生のコアラ、野生のアシカなどが生息する。また、クーバー・ピディは、世界的に有名なオパールの産地であり、地下の住居やホテルがあることでも有名。
アデレードのケズウィック駅は、アリス・スプリングスまでの長距離列車「ザ・ガン」とパースまでの「インディアン・パシフィック」の発着場所でもある。
アデレードとアデレード周辺の地図と航空写真は、「アデレード 地図 航空写真」で閲覧できる。アデレードの玄関口は、「オーストラリア アデレード国際空港」です。